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親不知を抜いた。左右の下顎に埋まっていたそれらが臨月に顔を覗かせはじめ、しかし出産直前にトラブルを抱え込むわけにもいかず、産後に抜こうねという話になっていたのを、満を持して抜いた。抜歯と抜糸、「ばっし」と読まれる二つの単語が混在する治療を受けると、様々な説明を聞くたびに少し混乱するというどうでもいいことを学んだ。

虫歯とは無縁な人生を歩んできたため、本格的な歯科治療は初めてである。顎にかかる力も歯茎の中を弄られる感覚もあまりに恐ろしく、最終的に力尽くで行われるその処置には怒りすら覚えた。こんな目に合うために生きているわけじゃない、多くの人がこんなことを経験しているだなんて信じられない、しかも麻酔が切れたら痛みと腫れとに襲われるだなんて耐えられない、と意気消沈した。しかし蓋を開けてみれば痛みも腫れもほぼ無く、口は開けづらかったし糸も多少は邪魔だったが処置自体の異常さとは比にもならなかった。30分程度の恐怖は、振り返ってみればまあ貴重な体験だったと言えなくもない。二度とごめんではあるが。

そんなこんなで今月は産休中に済ませておきたい面倒なことを順番に片付けながら過ごしていた。ちなみに歯科治療を経てクリアしたのは不要な歯との離別のみではない。子の睡眠中の外出も同時に試すことが出来た。夫の育休が終わり、平日は主に私が子のお世話をしているが、当然私がひとりで済ませたい用事もある。心配しつつ試してみたところ、仕事中であっても子が寝ているのをベビーモニターで見ていてもらいさえすれば、私が数時間外出しても支障はないようだった。アイキャッチもひとりで見に行ったマティス展のもの。新しい生活での時間の使い方を模索している。

7月になって、夫は仕事に戻った。私はというと特に何をするでもなく、子の面倒を見ながら家事を片付け、予防接種や保育園見学に行ったりもしつつ基本的にはゆるゆると日々を過ごしている。子がそこそこ良く眠ってくれることもあり、当初案じていたほど大変な生活にはならなかったので、相変わらず土日は人を招いて家で遊んでもらうことが多い。子には様々に生きる大人を見て育ってもらおうと思う。

子の写真や動画を見返していると、この一ヶ月だけでもたくさん成長したことがよく分かる。全身がふっくらとしてきて、よく微笑むようになり、クーイングも盛んになった。自分の手を口まで運んで舐められるようにもなった。寝返りをしたいらしく四分の一ほど回転して、それ以上動けずに止まっていたりもする。こんなにも面白い生き物が毎日私の隣にいると、手をかけようとすればきりがなく、絵本を読んで運動の練習をさせて撫でて話しかけて抱きしめてその合間に家事やら何やらを片付けて、それだけで一日が終わることもままある。

ただ、これが一生続いてほしいかというとそんなことは毛頭ないのであった。早く首も腰も座ってちょっとやそっとでは死なないようになってほしい、というような成長を期待する気持ちもあれば、アマチュアの私だけではなくてプロ保育士さんにも育ててもらいたい、といった自らの保育能力への不信感もある。育った先でもきっと違う楽しさが待っているのだろうというような漠然とした楽観も。どう思おうと子は大きくなる、という前提に立って貴重な今を楽しんでいるのかもしれない。

今月の良かった絵本を紹介して終わりとします。べんり!